【現代語訳・意味】
如来の清浄な智慧の光は、他と比べることが出来ないほど、あたたかで、澄(す)みきって、何ものにも妨(さまた)げられない光です。その光に会うことが出来たならば、自分を縛りつけている、すべてのものから解放されます。
自分を縛りつけているものは色々ありますが、もっとも根深いのは、実は自分なのです。それは、世間体(せけんてい)を気にして、自分のしたいことをしない。あるいは、人から良く思われたくて、自分の考えと反対の行動をとる。そんな生き方が、正しいかのように思い込んでいることです。自分の人生であるのに、何か、他人の人生の脇役になろうとしているのです。
如来の智慧は、そんな私の思い込みを、根本から打ち破ってくれます。そういう智慧の眼(まなこ)を聞法によって磨かなければ、人生は空しく過ぎるだけです。
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