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阿弥陀

お坊さんの小話(法話)
浄土真宗


其の四十一
【 『地獄』と『極楽』・1 】

 『地獄』と云うと、閻魔大王がいて鬼がいて、はりの山や血の池があり、みんな苦しみもがいてると云うイメージを誰もがもっていると思います。『極楽』では逆に、綺麗な花が咲き乱れ、心地の良い音楽が流れ、暖かな日差しがふりそそぎ、みんな笑っているイメージだと。地獄と極楽。苦と楽、辛と喜、真逆のものが存在するところだというのが『地獄極楽』のイメージです。

 この『地獄』と『極楽』ものの本によると、真逆のものがあるのではなく、同じものがあると書かれています。『地獄極楽』にまつわるこんなお話があります。皆さん…想像してみてください。今、目の前にタタミ20畳もあるテーブルがあります。そのテーブルの真ん中に、この世の物とも思えないほどの美味しい料理が山のように積み上げられています。テーブルの周りの椅子に腰掛け、今まさにたくさんの人間がその料理を食し始めました。ところが!誰一人として料理を口に運ぶことが出来ません。それもそのはず、料理を取るための箸が3メートルもあるのですから。お腹はへっている。目の前には美味しい料理が!でも食べれない。空腹と怒りと情けなさと絶望。おのおのが罵倒しあい罵りあっている。『俺の料理だ!取るんじゃない!』『さわるな!俺のだ!俺のものだ!』『あぁ食べれない!食べれない!』そうここはまさに『地獄』…

 さて…『極楽』を覗いてみましょう。極楽にも地獄と同じテーブル・料理・椅子・箸があります。地獄ではまさに地獄絵図の様でした。極楽では…みんな和気あいあいと雑談をしなから、笑っています。そう!まさに『極楽』…なぜなのでしょう。同じものがあるのに?よく見てみると、テーブルを囲んで座っている人間たちはみな口を動かしています。そう!料理を食べているのです。なんと、3メートルの箸を使い、自分の正面の人の口に料理を運んでいました。『あなたは何がたべたいですか?あっ!これですねっ。はい!さぁどうぞお食べください』『ありがとうございます。次はわたしの番ですね。さぁ、どの料理をお取りしましょうか?』と云うように。

 地獄には『苦』があり、極楽には『楽』があるのではない、同じものがある。そのもの(出来事・状況)をどう捉え考え感じていくか。そのことで、今自分が地獄にいるのか極楽にいるのかが決まると云うことなのです。この『説話』は、現実を生きている私たちが、どう生きて行けば良いか、生きているから出会う様々な出来事を、どう捉えていけばよいかを教えてくれています。『ものの見方を変えてみよ!』…『転(てん)じてみよ!』そうすれば自分のいる場所さえ変わることが出来るのですと…。(『地獄』と『極楽』2へつづく)

釋 完修
合掌
[2010/05]

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