其の四十二
【 『地獄』と『極楽』・2 】
『なにやってるんだろう!なさけない!』その男性は沈んだ声で話しの最後にこうつぶやいたそうです。ワケあってバツ1。子供は2人。別れた妻が2人とも育てています。養育費は毎月滞りなく振り込んでいます。その他に彼は、毎月決まった金額を貯金しているそうです。子供の大学に行く費用や結婚するための資金の手助けにでもなればと思い…。彼は、その子供たちのために貯めていた『お金』に手をつけてしまったらしいのです。
それには深いワケがありました。デフレスパイラルに陥った今の世の中で、小さな町工場の経営はどこも楽ではありません。彼の父の経営する工場も例外ではありませんでした。どうしてもまとまった金額が必要となり、彼は工場を維持するために『そのお金』を提供しました。しかたのないことでした。そうしなければ父の工場が潰れしまうのだから。けれど、彼の心には深い傷が残りました。悔しさと情けなさとやるせなさ…混沌とした思いが彼を支配しました。
『何も言ってやることができなかった…』この話しを打ち明けられた私の友人が言いました。私の友人も店を経営しています。子供もいるし社員もいる。我が事のように思えたにちがいまりません。この男性と私の友人。黙ったまま酒を酌み交わし夜がふけていったそうです。
『情けない!』と自分を責める男性。『何も言ってやれなかった!』と自分を責める友人。どこにも出口のない闇をぐるぐる回っています。出口を求めながら…。この闇が光にならないだろうか?自責の念が明日へ希望にならないだろうか?友人にこう話しかけてみました。
『別れた子供に助けられた』そう思えないだろうかと!なぜなら、工場のために使ったその『お金』は、別れた子供がいなければ決して貯まっていたお金ではなかったのですから。貯めていたのは自分です。しかし貯めさせていたのは別れ子供なのです。一緒に暮していない我が子、なかなか会うことも出来ない我が子、その子が『私』を『救けてくれた』…そう『転』じれるなら…『情けない』は『ありがとう』に変われるはずです。
そして『ありがとう』に変わったのなら、あの子らに何かあったなら『必ず救けてやらねば!』と再び『親』としての自覚が目覚めてくるのです。いつの日か我が子に『お前たちは知らないだろうけど、お父さんはお前たちに救けられたことがあるんだよ』と語り自分の出来る範囲のことをしてあげればよいのではないでしょうか。
『なんてポジティブな!』友人が目を丸くして言った。と同時に真顔で…『そんな!見方があるなんて』とつぶやいた。『だって、自分責めたってその男の人もおまえ(私の友人)も、ひとつもいいことないじゃん。その離れくらしてる子供たちにとっても…。だれも救われない。子供に助けられたって思えたら、おまえの友達もまた歩きだせるし、頑張れる。そうなればその子供たちにとっても良いことだし。おまえも友達にこう言ってやれるし。みんなよくなる、だれも悪くならないんじゃないかなぁ』静かに…目を閉じで…黙って話を聞いていた友人が、大きく深呼吸をした。『今度会ったら…そう言ってやるよ』
合掌
[2010/05]
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