其の五十五
【 『なぜ?』と『だれが?』 】
『う~ん』まず最初にうなり声、続いて『苦笑い』、そして二人ほぼ同時に『鏡を見てるみたいですね…』と声を掛け合って笑った。四十九日の法要を終えて納骨も済ませたその後のお斎(会食)の席のことである。どうぞ…と案内されて座ったその席の正面には、私と寸分変わらない風貌の一人の男性が座っていた。サイトのプロフィールの似顔絵の通り、私はスキンヘッドである。目の前には年の頃は五十前後、綺麗に剃りあげたスキンヘッドの男性が先に座っていたのだからたまらない。その正面に、またスキンヘッドの私が案内されきたのだから、思わず二人とも可笑しくなってしまったのだった。
『毎日ですか?』その男性が聞いてきた。『はい毎日です』『あなたは?』『荒れるので1週間に一回ぐらいです。荒れませんか?』『三枚刃の使い捨て、一回に一本使ってるのでわりとあれませんよ』『わたしは四枚刃のシックを使ってます。やっぱりカミソリはシックですよね』周りの人たちの呆れた様子をよそに、スキンヘッド談義に花がさいた。その男性と打ち解けるのに五分とかからなかった。向かいの男性の職業は警察官だった。私服で仕事をしているとの事だから、たぶん刑事さんなのだろう。自然と会話は事件や事故の話になっていった。
話の流れで調書を取る話になった。『仕事がら調書を取る機会が多いんですけど、最近びっくりするというか、なんか考えさせられるというか…』そんな出だしで語られたのは、調書には生年月日を記さねばならない。すると若い子はもうみんな平成生まれなんですよと言う話だった。オマケにみんな西暦で名のるのだそうだ。平成で聞いても『わからない』と答えるそうな…。まぁそのことは置いておいても、調書を取らなければならないような事をする子達が平成生まれなんだと云うことが、なんだか自分の年齢を感じさせたり、時代の移り変わりを感じさせたりで、なんだかなぁ~って思ってしまってとその話を締めくくった。
会話はそこから、年齢、自分達の子供の頃の話に発展していった。『平成生まれの子供たちの調書を取るたびに、この子たちを叱って育てる大人が回りに居なかったのかといつも思うんですよ。僕たちの子供の頃には、近所に必ず頑固オヤジとかおばちゃんがいて、よく叱られもんですけどね。居なくなりましたね。そんな大人が…何ででしょうね?』『本当ですね。居なくなりましたね。多分理由の多くはこんな事だと思いますよ』そう言って私の友人の話を聞いてもらう事にした。
私の友人を仮にAさんと呼ぶことする。年齢は五十すぎ。彼の家にある晩ひとりの三十歳前後の男性が怒鳴り込んできたそうです。それはそれは物凄い剣幕で。『うちの子供を叱ったのはあんたか!!』と…
『確かにあなたの子供を叱ったのは私ですよ』そう答えるΑさんに、その男性は今にも飛びかからんばかりの剣幕でだったそうです。そんな男性の勢いをよそにΑさんは静かにこう話を続けました。『確かにあなたの子供を叱ったのは私です。でも…あなたは自分の子供に、なぜ叱られたのか聞きましたか?』と。
男性は何を言われたのか理解出来ない様子だったそうです。何を言われたのか…。その様子を見てとったΑさんは話しを続けます。『なぜ叱られたか聞いてないんやね。…なら…今からあなたの子供さんを連れて、私が叱った場所まで行きませんか?』と…
ΑさんとΑさんが叱った子供、そしてその両親(母親にもついてきてもらったそうです)の四人は歩き始めました。『その場所』に向かって。五分ほど歩いた所に『その場所』はありました。Αさんは子供に訪ねます。
『お前が叱られた場所はここに間違いないか?』
子供は黙ってうなずきました。もう一度Αさんは訪ねます。
『本当にこの場所で間違いないか?』
『うん』
今度は声に出して子供は答えました。その答えを聞いたΑさんは静かに…しかしハッキリした口調でその子に話かけました。
『じゃぁ、叱られたとき、お前はどこに居た?』
『あそこ!』
子供が指差した先には高さ20メートルはあろう鉄塔が立っていました。子供はその鉄塔に登って遊んでいたのでした。
『あそこに登って遊んでいたから叱ったんだ。あんたは俺が見て見ぬふりをして、子供があそこから落ちて死ねば良かったのかな?』Αさんは、たしなめるような口調で両親に話しかけました。
黙って立たずむ両親にさらに話しかけます。
『怒鳴り込んで来るのはかまわない。ただその前に、なぜ叱られたのか? それを聞いてから来なさい。
誰も何でもないのに叱ったりしないんだから』
『申し訳ございませんでした』
子供の両親は深々と頭を下げて帰って行ったそうです。
鉄塔のある場所は、Αさんの散歩コースです。故に一週間に三度ほど子供を叱るはめになるそうです。そのたびに叱った子供の親が怒鳴り来んでくる。叱られた理由も聞かずに…。最近こんな親が増えて…。Αさんの実感のこもった言葉でした。
『叱る大人が居なくなるわけだ…』警察官の男性が曇った顔で呟きました。
『そうですね』私はその呟きにうなづきました。
『なぜ?』が『だれに?』に変わってしまう。『叱られた』事が、『なぜ?』叱られたのかに向かうんじゃなくて、俺も叱ったことのない我が子を、いったい『誰が?』叱ったんだケシカラン!っていう方向に向かってしまう。Αさんはこうも言っていました。『申し訳ございません』と謝って帰るのはまだマシなんだと。五人に三人は『でも、叱らなくたっていいじゃないですか!』と食って掛かってくるそうです。でもそれは、我が子が命を落とすかもしれないと云う事実よりも…我が子が他人に叱られたと云う事実の方が重大だと思っているという事になります。
あまりにも短絡的すぎるのではないでしょうか?それこそ『なぜ?』こうなってしまうのでしょう?
権利の主張?
個人主義?
ワガママ?
身勝手?
不干渉?
多分どれも違います。一番の根っ子は『考えていない』と云うことだと思います。つまり物事に対して想像出来ない、イメージ出来ない。ひいては『思いやれない』のが原因ではないでしょうか。
極端に合理化されマニュアル化された現代社会では『考える』と云うことはタブーです。なぜなら『歯車に』考えもらっては困るからです。長きにわたって社会全体で考えない人間を育ててきたと言っても言い過ぎではないと思います。それは『今』を見れば一目瞭然だと。
浄土真宗は『モン』と言う言葉を中心にしています。モンとは『聞』と書きます。人の話を聞く、社会の話を聞く、土や空、川や海、大自然の話を聞く、人が生まれ死んでいく人生を聞く、仏法を聞く…すべてのものに耳を傾けそこから学ぶと言う事がこの『聞』と言うことです。故にこのモンにはもう一つのモンが隠れています。『モン‐問』です。『問う』ということです。『なぜ』『どうして』『どうなんだろう』つまり『考える』ということです。聞いて学ぶにはまず問わなければなりません。いや聞きながらも問うていかなければなりません。そうして人は成長していくのだから。
『鉄塔の話』は『モン』が無いことがいかに『違う方向』に向かって行ってしまうかを如実に現してくれている話だと思います。『モン』をほんの少しでも頭の隅に入れて生活してみてください。たぶん今までと違う世の中が見えてくるはずですから…。
合掌
[2011/11]
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